「キャベツ作りも考えた。でも、自分たちの技術で勝負しようと。」『60分』第9回 株式会社 宇根鉄工所 〜前編〜

tsuda×代表対談『60分』

弊社 代表取締役 津田義明が、

経営者や今話題の方に会社のことや経営、ご自身の考えなど、
60分の短い時間の中で率直にお聞きしたリアルな対談です。

第9回目は

株式会社 宇根鉄工所 代表取締役 宇根 利典(うね かずのり)さん

との60分、前編をお届けします。

来年で創業110年を迎える老舗企業で、
日本全国のビル、空港や病院にも設置されている「アクアシャッター」を制作されている会社ですが、
その開発は約15年前のことだそうです。

アクアシャッターをどう全国展開されたのか。

とても明るく、ものづくりへの想いが伝わる宇根社長との60分、お楽しみください!


初代の”火造り”の職人から、水門へ

津田:「お久しぶりですね。
12、3年くらい前に、一緒に3S活動をさせていただいて。
その時はまだ、『アクアシャッター』が宇品(広島)に設置されたばかりでしたね。
そのあと、地震や津波の対策で『アクアシャッター』が全国各地でどんどん設置されてると、風の噂で聞いていました。

今回、改めてホームページを拝見しましたが、来年で創業110年なんですね。」

宇根:「そうなんですよ。
でもね、うちは代ごとにやっていることが全然違うんです。

初代(曽祖父)は広島の流川で"火造り"の職人をしてたんです。
吹子で鉄を熱くして焼いて、カンカン、カンカンって。鍛冶屋ですよね。
流川って昔、鍛冶屋の町だったらしいですよ。」

津田:「そうなんですか。それは知りませんでした。」

宇根:「あの辺って仏壇通りもあれば、地名に金や銀が入ってますよね。職人の町だったそうですよ。

原爆ドームが産業奨励館だった時代に、その周りの柵をうちで作ったと聞いてます。
今の会社の業態になったのは二代目の祖父の時で、公共工事の走りみたいなことを始めて、水門はあまり人がやってないから作ろう、ってなったらしいんですよね。
けど、祖父の経営はかなり豪快というか、乱脈なところがあって(笑)
いろんなものの形は作ったけど、結局一回更生会社になったんですよ。


父の代で公共工事の全盛期があって、
僕は大学を出てから東京のゼネコンで働いてて楽しかったんですけど、やっぱり会社に帰ろう、と。


平成11年に戻ったんですが、平成18年くらいまではすごい調子良かったんです。
広島県が埋立地を作ってる最中だったんで、堤防を作ったりゲート作ったり、ガンガンやってたんですけど、
僕が社長になった平成21年に、初めて赤字になりました。リーマンショックですよ。
何かせんにゃいけんって営業もしたんですけど、どこ行っても仕事がないんです。」

先代が社長だった頃の話が頭に

宇根:「で、いろいろ考えたんです。キャベツ作ろうかなとか。
広島はお好み焼きがあるんでキャベツの需要は安定しとるし、1年半で採算に乗る、そう真面目に考えてました。

でもなんかちょっと違う気がして…やっぱり自分たちの技術の『止水』で勝負しようと。
そんな時に、水道水圧で動くゲートがあるって聞いて、面白い、自社開発できんかと思ったんです。
まだ親父が社長だった時に、ある会社さんから『防水板みたいなことを一緒にやらんか』って話があったんですよ。
そのことが頭にあったんでしょうね、思い返せば。

当時水圧駆動の研究機関って日本にほとんどなかったんですけど、専門家を紹介してもらって、そこから一年かけて製品化しました。
これがアクアシャッターの事業のスタートです。」

営業で泊まったホテルの隣。「いつかここに入りたい」

津田:「一年で製品化できたって、すごいじゃないですか。売り込みはどこに行かれたんですか?」

宇根:「虎の子の製品の手作りカタログを持って、東京で営業して回りました。
初めて東京に行った時、上野のホテルに泊まったんですが、その隣が東京メトロの本社で。
『いつかここに入りたいなあ』と思ったんです。

知り合いの人にメトロさんの担当者を紹介してもらって、2年通いました。
厳しかったですよ。試作機を自腹で作って水圧検査して、その性能を見てもらいました。
そうでないと採用できんと言われたんです。
でもそのおかげで、メトロさんから見積もり依頼をもらえるようになりました。

その後展示会に出した時に、後ろのブースの会社の当時の会長さんが『後ろで面白いことやっとる会社がある』と声をかけてくださって。
その縁で代理店になっていただくことになって、全国に販路がついたんです。そこから今がある。」


黒字化するためにめちゃくちゃ努力した

津田:「開発から今で15年ですが、目が出たのはいつごろなんですか?」

宇根:「これでやっていけるかもしれん、って思うまで、5年かかったんですよ。」

津田:「海のものとも山のものとも分からない状態での手探りの開発、しかも手弁当ですもんね。」

宇根:「7年間赤字だったんですけど、あんまり危機感はなくて(笑)
楽しくやりよったんですけど、赤字5年目くらいから、まだ黒字にならん、おかしいなと(笑)

1号機2号機とかは赤字製品だったんで、どうにか黒字化しようと、労務コストを下げられるように考えました。
手間がかからんようにするために設計を変えたり、職人技じゃないとできんところもできるだけ工夫したり。
めちゃくちゃ努力しました。」

「建設業以外のものづくりもやってみたいな」

津田:「来年創立110年ですが、今後はどういうふうに事業展開されるんでしょうか。」

宇根:「景気の上がり下がりはありますが、できるだけ売り上げが乱高下しなくて済むように、裾野を広げてやろうかなと思ってるんです。

どえらい野望は個人的にはなくて、原点はやっぱり、国内需要をどれだけ掘り下げるか。
でも、建設業以外のものづくりの事業、違う産業で違う製作物をつくりたいというのはあるんです。
ちょっと毛並みの違ったような市場開拓を本音のとこではやってみたいな。」


株式会社宇根鉄工所 ホームページ  https://i-une.co.jp/




#津田製作所 #金属切削加工 #試作 #開発 #広島 #精密部品 #ものづくり #対談 #60分 #宇根鉄工所 #アクアシャッター #創業110年 #中小企業

対談